冷戦編

S論文

「S論文」は重光葵が1954年に発表した政治論文である。後に暴露されて政治問題化し、宮城進軍事件のきっかけの一つとなった。重光葵(1887-1957)

日本の対露参戦

日本の対露参戦とは、1945年8月9日に勃発した日本帝国とロシア共和国の戦闘であり、モンゴルや東シベリア、カムチャツカ*1などで展開された。日露の戦闘は公式上1946年9月に終結したが、実際は1940年代末まで非公式の戦闘や動乱が行われていた。日本では「第…

翼賛体制

翼賛体制とは、1940年に発足し1960年まで継続した大政翼賛会による支配体制を意味する。翼賛体制を打倒して成立した協和党政権では、翼賛体制は政治的・恣意的な意味付けを与えられ、特に大東亜戦争後の混乱した時代という意味も与えられた。ここでは翼賛体…

協和党第1期党中央・内閣名簿

1960年春の宮城進軍事件で窮した岸内閣が退陣し、政権は明け渡された。しかし、この時点では政権を担うべき政党が存在せず、岸信介は政治空白による混乱と政権奪還を目論見て退陣したのだった。 これに対し、倒閣を煽動した永仁親王、重臣近衛文麿は急遽新内…

冷戦期中国史(1946-1957)

概要 統治再編と剿共開始(1946-48年) 戦争直後の中国 政治協商会議 剿共の開始と青年党事件 憲政の完成 内政への注力(1949−51年) 蒙疆問題 翁文灝の通貨改革 国共内戦(1952−57年) グルジャ国境紛争 中原大乱 新疆赤化 三大会戦 太原包囲戦 混乱と亡命…

太原包囲戦

太原包囲戦とは国共内戦における戦役の一つである。三大会戦に含まれないが、同様に大規模で特に日本にとって重要視された。日本軍が独断で支援し断乎抗戦したが、結局は解放軍の人海戦術の中に没した。太原の敗北は宮城進軍事件の遠因となった。 前史 太原…

雲南事件

雲南事件(中国語:云南大屠杀)とは毛沢東政権下の中国雲南省で起こった粛清及び動乱を指す。日本や国民党、タイ特務が活動していた雲南省はスパイ戦争の最前線と位置付けられ、多くの民衆がスパイとして弾圧された。 毛沢東時代の雲南省

東亜競技大会

東亜競技大会とは2年に1度開催される国際夏季スポーツ大会である。 歴史 歴代大会 著名な大会 第1回東亜競技大会 第13回大会 第21回大会

大東亜連盟の機構

大東亜連盟とは、1943年の大東亜会議をきっかけにWW2後発足した、大東亜共栄圏内の国際組織である。なお、冷戦時代以降「国際組織」とは世界を分割したブロック圏内の国々を超えたブロック組織を意味するようになり、本来の国際組織であった世界レベルでの組…

冷戦期日本史 第1回 1946-1951年

総理大臣となった東條英機は戦後直後の日本を象徴する人物だった。 前史 戦勝と混乱 宇垣組閣と崩壊 戦ふ東條首相 外交政策 人口・食糧問題 国内政策 ファシズム運動の勃興 文化史

イギリス連邦

イギリス連邦(Commonwealth of Nations)とは、旧大英帝国の一部からなる主権国家の連合である。 歴史 イギリス連邦の構成 英連邦王国 英連邦王国に含まれないイギリス連邦加盟国 英連邦競技大会

勘察加庁

勘察加(かんさつか)庁とは、大日本帝国において勘察加半島などを統治している地方行政機関である。勘察加とはWW2の結果ロシア共和国から日本に編入された地域で「カムチャッカ」とも呼ばれていた。 歴史 地理 位置と地勢 気候 天然資源 人口と民族 行政区…

ポルトガル史

エスタド・ノヴォ 冷戦時代 ユーラフリカ 対テロ戦争 ギニア アンゴラ モザンビーク カーボベルデ サントメ・プリンシペ 東ティモール ゴア 1974年以降

ブルガリア史

ブルガリア国旗と国王ボリス三世 歴史 WW1末期 白色テロルの時代 クーデターと国王親政 WW2 戦後新秩序へ

冷戦期インド史

ここでは冷戦期、すなわちイギリスからの独立以降におけるインドについて解説する。カルカッタの虐殺(インド内戦) 1946-1947 英領インド最期の日 1947-1956 インド内戦 カルカッタとパンジャーブの虐殺 二つのクーデター 藩王国の運命 ネルー帰還、パテー…

『ドナウ連邦建国史』世界線の世界地図

大幅変更しつつ更新(2020年2月25日)。 戦間期 ヨーロッパ アフリカ アジア アメリカ WW2 冷戦期 ヨーロッパ アフリカ アジア アメリカ