ロジェール・サラングロ

ロジェール・サラングロ(Roger Salengro、1890-1958)はフランスの政治家、内務人民委員。

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1930年
 鉄鋼業の街リール出身。幼い頃はダンケルクで育ち、その後リール大学文学部を卒業した。このころ社会党(SFIO)に入党、WW1では戦争非協力の疑いで逮捕されている。また、兵士としてアルトワ=シャンパーニュ間の戦いに従軍し1915年に捕虜となった。この際、ドイツの収容所では強制労働を要求されたが抗議、逮捕されてハンガーストライキを貫いた。このため、1918年4月には体重が42kgとなり本国に送還された。
 敗戦直後にSFIOリール支部長に当選し、フランドル地域を統括するようになった。1928年に労働総取引所(議会)に初当選した。
 ドゴールクーデターの際は、しばらく悩みつつも結局ドゴールへの協力を決定した。このため、1942年に内務人民委員のポストを得た。
 内務人民委員時代は反戦サボタージュの弾圧やドイツ人捕虜の強制労働などを命令した。サラングロ自身のWW1での境遇を思えば皮肉なものだった。しかし、政治的手腕は確かでサラングロは戦勝の1946年まで、当時からすれば異例の長さを務めた。
 戦後はフランス軍が未だ占領下においていたルール地域の行政長官に就任した。1957年にドゴールが暗殺されると、翌年に後を追うように自殺した。