ドナウ連邦大使館

民族、言語、国境。

「ドナウ連邦」とは?

「ドナウ連邦」の大まかな説明です。

オーストリア・ハンガリー帝国について

オーストリア・ハンガリー帝国をご存知でしょうか。
そうですそうです。いつの間にか世界史に登場し、いつの間にか消えた妙に中二病な名前の国です。

オーストリア・ハンガリー帝国中央ヨーロッパに位置する大国です。

その実態は様々な民族と宗教が混在する「人種のるつぼ」的な国で、そのうちのドイツ人とハンガリー人が帝国の支配を牛耳っていました。

それもそのはず、オーストリア・ハンガリー帝国の名の通り、この帝国はオーストリア帝国ハンガリー王国のアウスグライヒ(妥協)によって連合を結成していたからです。こうしたことからドイツ人、ハンガリー人以外の服従民族による独立運動が常にくすぶっており、「諸民族の監獄」とも呼ばれていたのです。

史実ではWW1に敗北しそのまま分裂しますが、滅亡までに何度かオーストリア・ハンガリー帝国の改革案が上がり、これらのアイデアは総じて「ドナウ連邦」と呼ばれています。

例えば、最も有力だったのは「大オーストリア合衆国(Vereinigte Staaten von Groß-Österreich)」で、民族ごとに州を分け、特にハンガリー人の特権を破棄する、といったもの。結局のところ実施はされず、オーストリア・ハンガリー帝国は民族ごとの小国に分裂しました。

ドナウ連邦の意義

こうした失敗国家、オーストリア・ハンガリー帝国の改革策であるドナウ連邦は、地政学的な意義を持っています。

史実では、中央ヨーロッパと呼ばれる地域に存在したオーストリア・ハンガリー帝国は「一国一民族」の民族自決の理念に則り、小国に分裂します。

しかし「一国一民族」といえど、実際には各国にドイツ人やハンガリー人などといった少数民族がいました。帝国時代に民族間の交流が進んでいたためです。そのため、小国たちは常に自国の少数民族問題に目を向けねばならず、しばしばこれは侵略をもくろむ外国に利用されました。

例えば、ナチスドイツのは民族主義に基づき各小国のドイツ人地域を侵略をもって併合しました。ナチスドイツの侵略をもって中央ヨーロッパは「ドイツ人地域」と「非ドイツ人地域」に分割されたのです。

そして時は下り冷戦時代になると、かつての中央ヨーロッパは共産圏と非共産圏、すなわち東ヨーロッパと西ヨーロッパに分割され、中央ヨーロッパという地理的概念が喪失しました。

「だがもしあのときドナウ連邦が中央ヨーロッパという地理的概念を維持していたら……」という歴史のifが、すなわちドナウ連邦なのです。

このブログでは何をするか

自分の考えたドナウ連邦の歴史や設定などを書いていきます。できる限りの時代考証はしますが、ドナウ連邦は一度も成立したことのない幻の国なので、設定の自由度は高いでしょう。また登場人物はなるべく実在人物を使っていく予定です。

それではお楽しみに。